顔と声からの感情知覚と音素知覚の発達
4月に就職してから,よーやく少し時間が取れるようになってきたので,近頃はずっと溜めてきた論文をぼちぼち読んでいます。院生時代の某ゼミでやっていた,下半期にまとまった量の論文を読んでレビューするというの,就職してからも習慣にしていきたいなぁ。取り組みたいテーマも色々あるので。
今日は,先日公刊された,大学院のときの尊敬する先輩(と言っても院で被っていたのは半年くらいらしい!衝撃)の論文について,覚書を。
Yamamoto H. W., Kawahara M., Tanaka A. (2020). Audiovisual emotion perception develops differently from audiovisual phoneme perception during childhood. PLoS ONE 15(6): e0234553. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0234553
【背景と目的】
顔と声からは統合的に情報が知覚されるが,それがどのように発達していくか,ということについて。顔と声が異なる情報を伝えるような刺激を人工的に作成し,そのどちらが重視されるか,発達的に検討している。
もともと,顔と声が異なる感情を伝えるときには,日本人はオランダ人に比べ声に注目しやすいこと(Tanaka et al., 2000)と,顔と声が異なる音素を伝えるときには,日本人はアメリカ人に比べ声を重視すること(Sekiyama & Tohkura, 1991)が明らかになっている。
それを受けて,①声を重視するこうした日本人の傾向は,何歳頃から見られるようになるのか?,②感情知覚における声重視と音素知覚における声重視は関連しているのか?という2点について検討した。
【方法】
日本人の5-6歳,7-8歳,9-10歳,11-12歳,そして大人を対象に,顔と声が異なる情報を伝える動画を見せ,その人の感情,或いは言っている音素を回答させる。具体的な動画の内容は以下の通り。感情を伝える動画では,発話内容はニュートラル(「これ何?」など)で,表情と口調がそれぞれ喜びか怒りを表し,表出者の感情を二者択一で解答させる。音素を伝える動画では,/ka/, /pa/, /ta/を発話している顔と音声を組み合わせ,発声された音素を三者択一で答えさせる。
※研究では,顔と声が同じ情報を伝える動画についても検討しているが,それについては割愛。
【結果と考察】
感情知覚においては,5-6歳の時には顔を重視しており,徐々に声を重視する傾向が高まっていく。ただし大人になると,11-12歳に比べて,再び顔重視に戻る。感情ペアを詳細に検討すると,大人においては「怒り顔ー喜び声」の時に怒りを回答する率が高まっていることが示唆された(怒りへの敏感性が上がる?)。一方音素知覚においては,5-6歳児でも声を重視しており,徐々に統合的な知覚(/ka/の顔と/pa/の声で/ta/が知覚される)が進む。また,各年齢群ごとに,感情知覚の声重視傾向と音素知覚の声重視傾向の相関を調べたところ,無相関であった。
つまり,感情知覚と音素知覚の視聴覚統合は,それぞれ異なる発達に支えられているものであった,ということらしい。
【感想】
感情知覚と音素知覚が相関しない,というのは,わりと自然に納得できました。年齢を経るごとに徐々に声重視(声考慮?)に変わっていく軌跡が示されており,幅広い年齢を対象とした研究ならではで,とても有意義なデータが報告されています。
田中先生のチームは,日本科学未来館で幅広い年齢を対象にデータを取ることができます。この顔声パラダイムでもたくさん実験を行い,論文を量産しているので,すごいなぁと思います。
個人的に気になったのは以下の三点です。まず,日本人は声重視,と言えど,それはオランダと比べたら相対的に,という話であり,絶対的に見れば顔重視です(この論文でも,一番声重視の11-12歳においても声重視回答は40%ほど)。つまり,相手の感情を判断する,という観点から言うと,日本人は,どっちつかずのat randomな方略を身につけていっている,と考えることもできます。これは,オランダ人が顔重視を貫くという発達的軌跡を見せること(Kawahara, Sauter, & Tanaka, 2017)と比べると,いささか非合理的?非適応的?に映る気がします。いっそ,声重視回答80%,とかの方が,誤解なくコミュニケーションが取れるような気も。なんで日本人は,こうした「どっちつかず方略」を身に着けていくのだろう?
また二点目として,第一著者の山本先生は,以前,大人になって少し顔重視に戻るのは,養育経験によるものかもしれないことを指摘しています(Yamamoto, Kawahara, & Tanaka, 2017)。この研究では,養育経験のある女性と無い女性を比較して,ある女性の方が顔重視の回答が多いことを示しています。一方で,今回報告したYamamoto et al.(2020)では,養育経験のない大人を対象としたにもかかわらず,やはり,顔重視に戻っています。これはどう説明されるのでしょう。Yamamoto et al.(2020)では,Yamamoto et al.(2017)は引用されていないように見受けられます。養育経験が感情知覚に影響するというのは,京大の明和先生のグループも研究していますが,この辺について,何か合理的な説明が欲しいなぁと感じました。
三点目は,この後どういう方向に進むのだろう?という個人的な興味です。感情知覚と音素知覚の視聴覚統合が,日本とオランダでどう発達していくか,という様相については,一連の研究で明らかになったと思われます。この後,研究はどのように発展していくのでしょうか。僕だったら,この声重視に変わっていく発達を支える要因は?と,安易に走ってしまいそうですが,田中先生の科研費や山本先生のPD研究課題を見ると,現実場面への介入,という方向に発展していくのでしょうか。ただ,上でも述べた通り,日本人の感情知覚は絶対的に見れば「どっちつかず」のようなので,これをどのように現実場面に下ろしてくるのでしょう。というか,顔と声が違う感情を表すコミュニケーションって,現実でどれくらい見られるんだろう?また,顔と声のどちらかが二者択一的に(一定の確率で)真の感情を表している,という考え方も,現実とどこまで整合するもか気になります(真の感情とは?)。などなど,お会いしたら,また色々とお話を伺って,たくさん勉強させていただきたいです。昨年度までは田中先生の研究会に定期的に参加できていたのが,とても恵まれていたなぁと今更ながら実感しています。
今回はここまで。
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