乳児期におけるネガティブ表情カテゴリーの形成
春学期の授業や採点が終わり,ぼちぼち本腰を入れて研究のことを考えなくてはいけない時期になってきました。わずかな時間を見つけては,少しずつ論文を消化していますが,読みたいものが増えていくばかりで,読むスピードが全然追いつきません。
今日は,新進気鋭のRuba女史の論文の覚書。
Ruba, A. L., Meltzoff, A. N., & Repacholi, B. M. (2020). Superordinate categorization of negative facial expressions in infancy: The influence of labels. Developmental Psychology, 56(4), 671–685. https://doi.org/10.1037/dev0000892
Ruba女史は,最近ばりばりと論文を発表している発達研究者。ちなみにホームページがスタイリッシュでおしゃれ。Twitterもやっている。Barrettに代表される感情の構成主義理論(Theory of Constructed Emotion)の立場から,特に乳児期においては,いわゆる“個別感情”は存在していないのではないか,ということを検討している。発達研究では,恐らく素朴な(無自覚の)基本感情論者が多く,“喜び”や“怒り”といった個別感情はa prioriに存在しており,それがいつから区別・理解できるか?といった問いが多い印象。
僕はマイルドな構成主義論者のつもりなので,Ashley女史の研究はとても興味があるし引きやすいのだが,めちゃめちゃ研究スピードが速く,なんだか先に色々とやられてしまいそうで怖い。
さて,この研究では,14か月児と18か月児を対象に,乳児期の表情理解とは,怒りや嫌悪などの個別カテゴリーが先か,ネガティブという上位カテゴリーが先かを調べている。
乳児期から,様々な表情を弁別できる。幾つかの研究から,馴化―脱馴化法などにより,怒り,悲しみ,恐れ,,嫌悪などの表情が弁別できることが示されてきた。これらは,人が生得的に幾つかの個別感情を有しているという基本感情理論と親和性が高く,乳児はこうした個々の表情についてカテゴリーを形成し,それらがやがてまとまることで,「ネガティブ表情」という上位カテゴリーが形成される,と考えられてきた(らしい)。一方で幼児期の研究では,ネガティブ表情が混同されてしまい,そこに含まれる個別の表情は区別されないことが報告されている。また,乳児研究においても,行動による反応などを見ると,ネガティブ表情に対しては全て回避的であるらしい。
つまり,乳児期の表情カテゴリーは,個別→上位なのか,上位→個別なのかが分からない。この論文では,ラベルによって感情が構成されるという立場から,言語ラベルによって様々な表情がまとめられる可能性を検討した。
14か月児と18か月児が実験に参加。実験1では,ラベルを用いない場合について調べ,実験2では,ラベルの効果について検討している。実験3と4では,本来表情とは無関係な,歯が見えるかどうかについて,ダメ押しで調べている。
実験1では,neutral, happiness, sadness, anger, disgustの表情写真を用いている。そして,disgustとsadの表情に馴化させられる群と,angerとsadの表情に馴化させられる群を設けた。どちらの群でも,いわゆる“ネガティブ表情”が呈示されているため,乳児が上位カテゴリーを形成するのであれば,これらを同一カテゴリーの成員として認識するはずである。そして,テスト刺激として,①同一人物による同一ネガティブ表情,②新たな人物による同一ネガティブ表情,③同一人物による新たなネガティブ表情,④ポジティブ表情,の4種類が呈示された(下図参照)。
その結果,いずれの月齢においても,②③④はいずれも①よりも注視時間が長く,また②と③に差は見られなかった。もしネガティブ表情という上位カテゴリーを形成していたのであれば,①と③に差は見られないはずである。にもかかわらず,①と③に差が見られたということは,乳児は“ネガティブ表情”という上位カテゴリーは形成しなかったと言える。
続く実験2では,実験1と同じ刺激,同じ手続きを踏襲しながら,馴化刺激を呈示する際に,“Toma”などの同一の無意味語をラベルとして全ての表情とセットで呈示した。その結果,disgustとsadに馴化させられる群では,①②③の3つの条件で差が見られなくなった。これはつまり,無意味語であろうとラベルが付けられることで,それらを同一のカテゴリーとしてまとめるようになった,ということを示唆している。
更に実験3では,実験1と2で使われた幾つかの表情刺激に,歯が見えているものとそうでないものが含まれることを受け,歯の見えないdisgust, sadness, anger, happinessの表情のみを使って,実験1と同一の実験を行った。その結果,①~④のすべての条件において,注視時間に差が見られなくなった(衝撃!)。
実験4では,実験3の刺激を使って,実験2のラベルの影響を検討している。結果,実験2の結果が再現され,④の条件でのみ注視時間が長くなっていた(=“ネガティブ表情”という上位カテゴリーを形成していた)。
これらの結果から,乳児は自発的には上位カテゴリーを形成せず,ラベルが与えられることによってそれらをまとめるようになることが示唆された。
ラベルによって様々なオブジェクトが同一カテゴリーにまとめられるというのは,カテゴリー形成の方の発達研究ではたくさん報告があると思うが,表情において同じ結果を示したのが新しい。し,構成主義の立場からは,強力な知見であるように思う。
気になるのは以下の3点。まず,比較的月齢が高いこと。表情の弁別を扱った既存の乳児研究では,一けた台の月齢の乳児が扱われているため,その時期についても調べないと,発達のダイナミクスがいまいち見えてこない。2点目は,ラベルはポジネガを超えたカテゴリーを形成するのかどうか。構成主義の立場では,大人対象の神経研究のレビューなどから,ポジネガの弁別は(個別感情の弁別にくらべて)非言語的である可能性を指摘しているが,その点について,乳児期からの検討が必要であろう。そして3点目として,この時期の注視時間に頼った弁別が,幼児期以降の意識的な区別とどのようにつながるのであるか,ということ。
Ruba女史は,今のところ乳児研究が主なようですが,もし幼児期以降についても扱うようになってくると,色々と動向を注意しなくてはいけないかもしれません。やろうとしていたことを既にやっていた,みたいなことが増えてきそう。
まぁ,さっさと実験して論文書けってことですね。頑張ります。ではではまた。
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